バトゥ・ウルス

 いい作家だと思う。小前亮のこと。「蒼き狼の血脈」(09年11月刊、文藝春秋)を読み終えた。小前の小説を読むのは3冊目となる。

 1冊目となる最初は、中国で実質、唐王朝を創設した李世民を主人公にした「李世民」(05年刊)。2年ほど前に読んだ。ちょうどその時、これは韓国製の歴史ドラマだが、朝鮮半島高句麗が滅んだ後、同地に渤海を建国した「テ・ジョヨン」のシリーズをDVDで見ていたこともあり、その中で登場する李世民が、いかにも悪人として扱われていただけに(韓国からすれば自国に攻め込んできたのだから、これは当然だが)、小前が描く青年・李世民の清々しさとの対比が面白かったのを覚えている。

 2冊目が、これもやはり中国で明が滅び清に移行するその合間に、ほんの1カ月ほど、順という王朝を開いた李自成を主人公にした「十八の子 李巌と李自成」。これも、まず順王朝自体が歴史的に認められているのかどうかという疑問とともに多分、李自成と順王朝を題材にした小説がこれまでなかっただけに、小前の着眼の良さにナルホドと唸ってしまった。

 そして今回の「蒼き狼の血脈」。これは、モンゴル帝国を開いたチンギス・ハンの長子・ジュチの息子・バトゥが、中央アジアからルーシ(現在のロシア)、ポーランドハンガリーといった国に攻め込んでいき、キプチャク草原から西方のヨーロッパに向けて広大なウルス(国=領土)を開拓していく物語だ。

 ちなみにチンギスには、ジュチのほかチャガタイ、オゴディ、トゥルイという4人の息子があり、末子トゥルイの次男・クビライが元王朝を立てることになる。

 ここら辺の話はさておいて、元王朝の成立から崩壊に至る過程は、これまでもいくつか小説になっているし、中国史を中心に少し歴史に詳しければ、その間の歴史的な流れは、それなりに頭に入っているかもしれない。しかし、西方の話となれば、これは別だ。普通の歴史愛好家にはなかなか分かりずらい。そういった意味で、やはり今回もバトゥを小説の題材に選んだ小前の着眼点に脱帽する。

 本の奥付には、1976年、島根県生まれ。東京大学大学院修了。専攻は中央アジアイスラム史。在学中より歴史コラムの執筆を始め、田中芳樹氏の勧めで小説の執筆を開始する、とある。そして「李世民」でデビューすることになる。なるほど、この経歴が、これまで小説の題材として扱われてこなかった中国史の隙間に、日を当てる素になっているのだろう。それにしてもまだ30代半ば。これからの作品が待ち遠しい。

 そこで、いきなり話は変わるのだが(マッ、このブログではよくあるが)、今日から大相撲・九州場所が始まった。横綱白鵬を見ると、いつもクビライ・カーンをイメージしてしまう。こんな体つきで、目も細く、こんな顔をしていたんだろうなあと思ってしまう。じゃ、引退した朝青龍はっていうと、これがなかなかイメージできないのだ。